大判例

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名古屋地方裁判所 昭和35年(ワ)123号 判決

原告 大串兎代夫

被告 学校法人 名城大学

主文

被告は原告に対し被告が昭和三四年七月三一日付で原告に対して為した名城大学教授解雇の意思表示の無効であることを確認する。

被告は原告に対して昭和三四年八月一日以降昭和三六年一月末日まで毎月四七、五〇〇円の割合による金員を支払え。

訴訟費用は被告の負担とする。

この判決は第二項に限り原告において被告に対し金八〇、〇〇〇円の保証を立てるときは仮に執行することができる。

事実

原告は主文第一乃至第三項同旨の判決並びに仮執行宣言を求め、その請求原因として、

一、原告は昭和二九年四月一日被告法人に雇傭され、同時に被告法人設置にかかる名城大学法商学部教授に任ぜられ憲法講座を担当して今日に至つた。

二、ところが被告法人は昭和三四年七月三一日付を以て原告に対し突如として懲戒解雇する旨の意思表示をなし、次いで同年八月一四日付で右解雇の理由を通知して来た。

三、然しながら被告法人の右解雇の意思表示は次の理由で無効である。

(イ)  被告法人所定の名城大学々則第一〇条には教授、助教授、講師及び助手の進退に関する事項は教授会で審議決定すると規定されている。然るに本件解雇においては何ら教授会の審議決定を経ていないものであり右解雇は学則に違反している。

(ロ)  雇傭又は解雇は被告法人の業務に属するものであるから、私立学校法第三六条により理事の過半数を以て決すべきである而して被告法人の寄附行為第一二条によれば法人の業務の決定は理事会において行うものと規定され、理事長が議長となり、議長は議決権を有しないとされている。然るところ本件解雇が理事長を除く理事の過半数により議決された事実は全くない。

(ハ)  本件解雇には正当の理由がない。即ち被告法人は解雇理由として被告法人内部の紛争に関し訴外大橋光雄に対して為した告訴を取下げていない事実及び名城大学法商学部移転の計画に伴う経済上の考慮を掲げているが、之等は孰れも本件懲戒解雇の正当の理由とはなし得ない。

四、而して原告は前記解雇の通知を受けた当時被告法人より毎月本俸四二、七〇〇円、家族手当四、八〇〇円合計四七、五〇〇円の給与を受けていたものであるところ、被告法人は昭和三四年八月分以降今日に至る迄右給与を全く支給しないでいる。よつて請求の趣旨記載のとおりの判決を求めるため本訴に及ぶ。

と述べた。(証拠省略)

被告は原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする旨の判決を求め、答弁乃至主張として、

一、原告の請求の原因一、二は之を認める(但し二、の「突如として」の点は否認する)

二、右三、につき

(イ)  名城大学々則に原告主張の如き規定の存在すること、及び本件解雇の意思表示につき教授会の審議決定を経ていないことは之を認める。但し原告解任につき目下教授会の招集を要請し之が審議を経るべく手続中である。

(ロ)  については昭和三四年七月三一日の理事会において理事長田中寿一を除く理事の過半数を以て原告の解任が議決された。(出席理事五名、欠席理事一名)

(ハ)  について訴外大橋教授に対する告訴を取下げないことは紛争解決の際の理事会の声明に反する行動であり、又経済上の理由の考慮をも解雇の一理由として加えたものである。

三、原告の解雇理由は次のとおりである。

原告は名城大学紛争の頭目で着任間もなく事情未知のまま田中理事長排斥派を指導したが、之は主義主張によつたものではなく、不法利得に汲々とした結果であり法律家であり乍ら法律無視の犯罪まで行い、紛争解決後も少しも反省の色がない。その非行は次のとおりである。

(イ)  東京建物の不法占拠並びに収益金の行方不明

名城大学は昭和二九年八月東京へ進出を計るため、文京区江戸川町五番地所在の鉄筋コンクリート建物を買取り保管中、原告は之を訴外植田成弘に独断で占拠せしめた上、ボクシングクラブ等に使用させて収益を収めていた。

(ロ)  東京建物不正使用

右の建物を原告は自己の弁護士事務所として東京弁護士会へ届出で、しかも名城大学所有の電話を自己の電話の如くに届出ていた。

(ハ)  弁護士報酬の学校経費よりの支出

名城大学の前回争議は理事長の地位を双方が争うという形態であつたから、その弁護士に対する報酬は訴訟当事者双方の個人負担において支払うべき性質のもので学校経費を以て支払うべきものではない。しかるに原告は理事長代行者を強圧して弁護士報酬並びに訴訟費用を学校経費を以て処理させていた。

(ニ)  田中理事長に対する横領行為の誣告

昭和三二年一〇月調停が成立せんとする直前に原告は田中理事長を文部省補助金を横領したという理由で告発したが、之は調停を不調にせんとする口実に使つたもので誣告罪に該当する。右告発には原告が筆頭者として署名しているものである。

(ホ)  福井理事長代行者による背任行為の共犯

福井理事長代行者は昭和三一年一二月末就任し前回争議解決まで在任したが、その間昭和三三年六月ごろ原告は福井を誘惑し自ら議長となつて同人を大串側理事に選任する理事会決議を行つた上登記を為した。福井は当時衆議員議員選挙に立候補したため、原告の誘惑に負けて学校経費の流用を受けたのであろうが、理事長代行者が在職のまま訴訟当事者の一方の理事となり、しかもそれが登記されると言うが如きは未曾有の背任行為である。しかも原告は福井の背任行為を教唆しその共犯者である。

(ヘ)  薬学部建築費中二五〇万円の不正流用

当初春日井市に建築を予定されていた同学部は原告の手により八事に建築する旨の決議を為し、その建築費のうちから土建業者今岡某を通じ二五〇万円を借用の形で流用した。

(ト)  前回争議解決条件の不遵守

昭和三三年八月に前回争議解決の際、一切の訴訟と告訴告発は之を取下げる協定となつていた。そのため田中理事長側は大串学長地位不存在確認訴訟を取下げたが、大串側も田中理事長に対する告訴、大橋弁護士に対する告発を取下げるべきであるのに之を為さない。

(チ)  白木判事に対する訴追教唆

原告は前回の争議解決後田中理事長、大橋理事の責任追及に堪えかね、かねて定評ある総会ゴロ古川浩を使嗾し、田中理事長に勝訴判決を与えた白木判事が田中理事長から収賄したとか申立て、又白木判事が某弁護士に「君を勝たしてやつたよ」と言つたとか無根の申立をした。

四、原告の請求の原因四、のうち俸給が支払われていない事実及び俸給の額については之を認める。と述べた。(証拠省略)

理由

原告が昭和二九年四月一日被告法人設置にかかる名城大学法商学部憲法担当教授に雇傭任命され、その後昭和三四年七月三一日付を以て被告法人が原告に対し懲戒解雇する旨の意思表示をなしたことは当事者間に争がない。

原告は先ず右解雇の手続が学則に違反すると主張する。

被告法人所定の名城大学学則第一〇条には教授、助教授、講師及び助手の進退に関する事項は教授会で審議決定する旨の規定が置かれていること、それにも拘らず原告の右懲戒解雇に当つて教授会の審議決定が何らなされていないことは、被告の自認するところである。

右規定によれば「進退」につき何らの制限を加えていないのであるから、教授らの任免、昇進等全てその地位の取得、喪失、変動を生ぜしめる一切の行為につき、その事由、原因、動機の如何を問わず、すべて教授会の議を経ることが要求されているものと解すべきである。尤も被告法人においてはその意思決定機関として理事会が存在しているのであるから、教授会が免職決定権を有するものと解すべきではなく、教授会はたゞ免職の可否のみを審議決定し、之に基き理事会が免職を決定し、その意思表示をなすことになると考えられる。そして理事会は右の事項に限つては教授会の審議決定と相反することを得ず、その内容に拘束されるものと解するのが相当である。蓋し憲法及び教育基本法に謂う「学問の自由」とはその本来の目的たる学問的研究、活動の自由を最大限に保証するため、その最高の場である大学に対し信条、研究成果等に基く外部(そのうちには大学経営者、或いは任免権を有する理事会を含む)からの指示、圧迫、強制等を排除し、大学内における学問研究の従事者に対し最大限の自主性を与え、その地位を強く保障しなければならないからである。これによつて大学の自治の原理が導き出され、学問、研究、教授の自由が維持されるのであつて被告法人においても学則として右の自由の表現の一態様をその第一〇条に表明したものであると考えられ、かく解してこそ理事会の恣意を排除し、教授等の地位を充分に保障できることになるのである。

とすれば被告の原告解雇の手続には究極において憲法上の要請でもある学問の自由の保障としての学則に違反する瑕疵があり、これは前示の如く極めて重要なものであつて学問の自由の侵害ともなり得るものであるから結局解雇の意思表示を無効ならしめるものと言わなければならない。被告はこの点につき後の教授会で審議決定を為すべく手続中である旨主張するけれども右審議決定が為されたことを認めるに足る証拠は何もないから、この主張を採用することはできない。

従つてその余の解雇事由につき判断する迄もなく、原告の名城大学教授たる地位の確認を求める請求は正当であり、又昭和三四年八月一日以降俸給が支払われていないこと、その俸給の額については被告においていずれも原告の主張を争わないので、昭和三五年一二月分までの右俸給の支払を求める請求は之を認容すべく、又昭和三六年一月分についてもその一部に将来の給付の請求に属するのであるが、その請求を為す必要あるものと認められるので結局原告の金員の支払を求める請求は全部正当であると言わなければならない。

よつて仮執行の宣言につき民事訴訟法第一九六条、訴訟費用の負担につき同法第八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 伊藤淳吉 村上悦雄 水野祐一)

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